2015年04月18日 [08:52]   徒然なるままに | ブログ | 徒然なるままに 

格差とは

さて、先日、統一地方選挙が行われ、また、26日にも地方選挙の後半戦が行われるが・・・
正直、自分の言葉で話せないようなのが、立候補するなよなと思える。
自民党が圧倒的に強い状態にあるからこそ、その自民党の政策に対してアンチとして立候補せざるを得ないのは分かる。
そこで、安倍首相が推進しているというか、象徴と言うべきか、「アベノミクス」に"No"を言うのは分かりますし、間違っていないと思います。
ただ、駅前や路上で演説する時に、その言葉は自分の言葉で語るべきだろう。
何より、全てとは言わないが、一部で、アベノミクスを否定するのに「格差を広げる」という事を言う人がいた。
ま、例えば、それを語るのが共産党のような共産主義を目指すというのであれば分からなくもない。
しかし、そうではないのに「格差」がどうこう語るのは、どういう意図なのだろうか?

実際に、昼休みなどで暇なタイミングで、格差をもってアベノミクスを否定している候補者に「格差」って何か聞いたのですが、明確な回答が出来ていない。
ようは、金持ちが儲けて、貧乏人が損をするという事を言っていたが、それは、果たして悪い事なのか?

例えば、生まれた時に人には差が出来る。
それは、金持ちの家に生まれたとか、貧乏な家に生まれたとか言うのもあれば、背が高いや容姿が良いとか色々あるだろう。
では、その結果生まれた差に関して、格差だと言って、平等にするのか?
その悪癖の一つが、一時期あった、運動会の徒競走で全員が手を繋いで一緒にゴールするというもの。
それって、本当に正しい事なのか? 足が速い子と遅い子がいる、それは、格差という言い方も出来るが個性と言う言い方だってできる。
そして、足の速い子も遅い子も一緒にゴールさせるというのは、速い子の個性を潰す事にならないか? それこそ、格差に繋がるんじゃないのか?

それと同様に、金銭的な富の格差と言うべきものだって、今の日本は、資本主義を実践し、自由市場主義経済を行っている。
つまり、そこには競争の原理が働いているという事だ。
確かに、八方丸く収まるような、全員が勝つようなものだってあるだろうが、競争である以上、勝敗、損得は発生する。
それが当たり前であり、その結果、富に差が生まれるのは当たり前であり、そこは悪い事じゃない。
それを避けたいのであれば、先書いたように、社会主義的、全体主義的な社会にならないといけない。もしくは、自分も所謂勝ち組と言うのか、儲ける方に行けば良い。
絶対に儲ける事が出来ない等という事はなく、例えば、大企業だけが儲けて、中小企業が儲かっていないのであれば、その大企業に働けるように努力していけば良い。
どうしても無理だという事を言う人ほど、努力をしたつもりにしかなっていない。
更に言えば、大企業に入らなくても、自ら起業して、自分のアイデアて勝負していけば良い、もしくは、それこそギャンブルや株、投資などで儲けていっても良い。
富の格差など、努力をしたくない人の言い訳でしかない。

楽にダイエットしたい人がいるからこそ、ダイエット本が売れるわけですが、それと同じように、富の格差があるのが、儲ける方に行くための努力をしたくない人を騙そうと、「格差が広がっている」と演説する。
そして、だからこそ、あぁいう候補者は、格差が何か、そして、それが何故ダメなのかを突っ込まれると、語る事が出来ない。

格差がどうのこうのと語る人ほど、薄っぺらく、投票する価値も無いと判断する基準になりそうですね。
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    部下D

    Author:部下D
    「闇を○くもの」「狂える○竜」などの二つ名をもつも、著作け…大人の事情で名前をぼかしている小心者の中間管理職員。
    一応魔王らしく、世の中を斜めに、皮肉に批評します。