2016年11月26日 [08:49]   映画の感想 | 映画 | 実写映画感想 

聖の青春を観てきました

先日、聖の青春を観てきました。
あんまり、ネタバレは無い内容ですが、一応ご注意を。
感想は、・・・面白かったかな?
いや、何と言うか、面白いとか面白くないとかよりも、どこか、刺さったと言うべきか・・・。
映画の作り方からして、泣かそうという意図の演出などがあったりしたのですが、個人的には、そういうシーンではなく、何故か、最後に、間違って角を指した瞬間、涙が出てきた。
何でしょうかね、上手く自分がコントロールできていなかったのか、その後に、亡くなったという話のエピローグに入っていって、そこは泣かせようとする演出があったりしたのですが、涙が出たのは、それ以前だったんですよね。

これは、映画ですし、最後には事実と異なる部分があるというような注意書きも出た。
それは、演出として、映画としてみせる為の部分であったのだろう。
それはそれとして踏まえた上で、村山聖という棋士の一生は、果たしてどんなものだったんでしょうか。
幸か不幸か、私自身は特に命に係わる病気というようなものはなく、いつ死ぬか分からないという死を間近に感じて、時間が無いという生き方をしてはいない。
ただ、それは同時に、村山聖のように、何か一つのものに、それこそ文字通り命をかけて物事をやってはいないとも言える。
ま、だからこそ、数少ない、そういう何か一つに命を燃やしている人、そういう人に対して、人は感動するのかもしれませんね。

しかし、村山聖という人物にとって、羽生善治という天才が同時代にいたのは、果たしてどうだったのだろうか?
映画の中では、同じ景色を見ることが出来るかもしれない、ある種のシンパシーのある相手と言う風に出ています。
また、同時に、泥臭い天才の村山聖に対して、スマートな天才と言う対比もあり、同時に二人とも負けるのが死ぬほど嫌だという負けず嫌いと言う事を見せている。
病気の影響で運動などが出来ない村山聖にとって、ある意味、将棋と言うのは、その命を燃やすことが出来る数少ないものであって、本人は負けず嫌いと言うものを発揮できるのが将棋だったのかもしれない。
それに対して、チェスが趣味など、趣味も含めて正反対として描かれる羽生善治は、他の選択肢もあったかもしれない中で、将棋に愛されたという感じですかね。
そういう対比がある中で、結果として、村山聖は無冠で終った訳で、対する羽生善治は、現在永世六冠という、七冠と同じく史上初の結果を手にして、まだまだ年齢的に考えて、永世竜王位も取る可能性が高く、そうなれば、永世七冠を達成する事ができる。
そんな天才との戦いは、そんな天才の存在は、村山聖にとって、どういうものだったんでしょうかね。

ただ、映画の中で、少なくとも短い人生ではあったが、何となく納得したというか、確かに本人が望むものを何一つ手にする事が出来なかったのかもしれない。
それでも、生ききったのかもしれませんね。

やはり、面白いというよりも、何か感じるもののある映画でしたね。
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    部下D

    Author:部下D
    「闇を○くもの」「狂える○竜」などの二つ名をもつも、著作け…大人の事情で名前をぼかしている小心者の中間管理職員。
    一応魔王らしく、世の中を斜めに、皮肉に批評します。